へえ、そんなこともあるのかと月は思った。竜崎の首筋についた愛の痕を見つけて。

 女か、こんな奴にも。

 ホテルの部屋には誰もいない。月はふと悪戯にその痕に口づけた。驚いた竜崎は椅子を蹴飛ばして逃げようとしたが油断していた。床に転がる。肉食獣の本能だろうか、すぐさま重なる亜麻色の髪。もがく竜崎。月の体重に捕らわれて。面白くなったので月はその首筋に顔をうずめてみた。

 ふわりと何かの匂い。雄の匂い。疑問符がたゆたう。

 「L、君は」

 月の唇が醜い笑みを刻んだ。
















予言
















 「そういう男だったんだね」

 いかにも相手の弱みを握った人間らしく、月は唇を歪ませ笑った。少し冷やかしてやるだけのつもりだったけれど、気は変わった。そっぽを向く竜崎の目元が赤い。屈辱なのだろう。

 今手に取るようにわかる。彼のプライドの在り処も、それをへし折るための方法も。同じ種族の月だからこそ。

 「ふふ、誰だ?君にこんな痕をつけたのは」

 言ってシャツを引き裂く。青白い肌に降りまかれた、痕、痕、痕。それに混じって、

 「これは煙草の火の痕?」

 捜査本部の連中はみんな吸うしね、これでは犯人を特定できないな。
 面白そうに言う。

 竜崎は黙っている。唇を噛みながら。月の蔑みの視線が曝した肌に降り注ぐ。しかし手で覆うのも女々しい。

 嫌だ、自分は男だ、少なくともこの趣味の悪い亜麻色の髪とは同等の。
 唇を強く噛む。

 顎をしゃくり覗き込めば、充血した唇で男娼のような容貌になった竜崎がにらみ返す。ぽたり。血が伝う。唇が、化粧を施されたように、紅く。

 「本当に面白いなあ君は。女っ気がないと思っていたらそんな趣味だったんだ?そう可愛くもない顔で」

月はいかにも愉快そうにそう言った。

「やっと君の正体を見たような気がするよ」

気高い瞳を浅ましい欲望にぎらつかせながら、月は竜崎の唇を奪った。獲物はすぐに噛みついた。荒々しく竜崎の髪を掴み思い切り後頭部を床に打ちつける。反撃を食らう。燃える眼。全力で暴れる筋張った体に月の体に味わったことのない感覚が湧き上がる。それは己と力の拮抗した同族を踏みにじり貶めたいという激しい支配欲。

 「はは」

 高揚とも怒りともとれない声色で、その端正な顔を、 爪噛み癖の所為でいびつになった竜崎の爪に掻かれながら、月は竜崎を殴った。馬乗りになった月が優勢なのは明らかだった。月の衣服に血が飛んだ。引き裂いたシャツで竜崎の両腕を縛りあげる。当然それだけでは大人しくしていない竜崎の緩んでいく拘束を自分のシャツで強化する。

 「この、外道!」

 竜崎は聞いたことのないような激しい口調で吼えた。大きな目を吊り上げ、罵声を浴びせながら月に蹴りを入れようともがく。
 が、両腕を半ば封じられた竜崎にはもとより勝ち目はない。

 やがて竜崎は己のシャツで猿ぐつわを噛まされ、端正な顔に凄絶な笑みを浮かべる月に見下ろされた。

 両腕を上げた状態で肘と肘が交差するように頭の上でまとめ上げられ、拘束されている。もう腕は使えない。睨むことしか出来ない竜崎を嘲笑いながら月は彼のジーパンを足首まで引きずり下ろす。もともと余裕のあるだぼついたジーパンは月の手を煩わせることはなかった。

 足まで封じられ睨みつけるその様はもはや、月の普段は眠っている嗜虐心、それを煽るだけで。

 月は改めて竜先の肢体に視線を這わせた。
 自分がつけた傷と元からちりばめられていたそれとで、竜崎の青白い肌は騒々しいぐらいになっている。

 何だか、

 「竜崎は傷を負っているのが変に似合うね」

 面白そうに言う月をやはり大きな目で睨み微動だにしない竜崎が可笑しい。

 「誰だか知らないけど、彼氏にもいつもそんななのかな」

 月の影は笑いながら竜崎を呑み込んだ。大腿のあいだを這い上がってくる月の肌に初めて竜崎は戦慄した。この友人を装ったたちの悪い敵に己の弱点を知られつつあるばかりか、同等の位置に立つ権利さえも奪われようとしているのだ。

 対象が女であるかのように優しく触れてくるのに戦慄する。この男にしてみれば自分はもはや同じ土俵にいないのだと。

 見下されている。

 燃え残っていた自尊心の炎がゆらゆらと大きくなる。
 竜崎の低い呻き声を無視して月は胸元の二つの蕾に指を触れた。

 ついばんでやる。

 びくり。

 竜崎の体が刺激で揺れる。

 「彼氏としたのは昨夜?未だ余韻が残っているね」

 見透かしたように指摘する声。呻く。無駄とわかっていながらも、自尊の炎が胸を焼くから。
 次第にその形が主張されていく二つの蕾を執拗についばみながら月は竜崎の顔を覗きこんだ。こちらの一方的な視線を拒絶するかのようにかたく閉ざされたまぶたがそれでも与えられる刺激に反応して震えるのに、身勝手な憐憫の情(それは勿論相手を蔑み卑しめ踏みにじることを前提とした支配欲の産物なのだけど)さえ覚えて、月はいつも自分が女にそうするように指先を器用に、そして極めて優しく躍らせた。

 相変わらず強張ったままの竜崎の体からわずかな反応を読み取りながら月は思う。

 こいつ、本当に男に馴らされかけている。

 初めて経験したのはそう過去ではないはずだ…。
 
 端正な容貌を崩さずに月は下卑たことを考えている。互角の脳と体とを持っているこの男に唯一自分が勝っているもの、それは性的な経験の数だろう。この手のタイプはひとりで楽しむのを常とするか、一度タガが外れると、極度に膨らみ歪んだ性感を誰かにぶつけるか、そうでなければ誰かの手に堕ちて逃れられなくなるか。

 ―――――――竜崎は。

 月は美しい唇で醜く笑った。

 (僕の勝ちだ、L。少なくともこの場は)

 おしまいだよ。
 君を堕としてやろうねどこまでも。

 月は竜崎のむき出しになったままの半身に手を触れた。一段と大きく反応する。竜崎の半身を手中に握りしめたその時、たまらず黒い目が大きく見開いた。呻くことでしか拒絶できない哀れな獲物を嫌というほど視線で犯しながら、月はその手をやわやわと動かし始める。成熟したそれは異常な状況の中で正常な反応を示し余計に主を苦しめる。身をよじって逃れようとしても無駄なことで、月は指先で竜崎をいたぶり続ける。

 「…ッ……うぅっ…!」

 痙攣する竜崎の体。
 体を反らせることもかなわない苦しい姿勢のままで、竜崎の、蜜は。


 ぱたたっ、

 ぽたり。


 「結構多いんだね、竜崎。意外だな、それとも彼に満足させてもらえなかったの?」

 目の前で指を汚したものを舐めとりながら月は笑った。みめよい彼の妖艶な態度に耐えきれず、竜崎は再び目を閉じる。

 一瞬、月の体が自分から離れ、けれども、

 「…!?」

 頬に触れるもの。

 「竜崎の所為で僕のもこんなになっちゃったじゃないか。どうしてくれるの?」

 頬に押しつけられるのは獣の切っ先で、それは昨晩見た別の獣のそれを思い起こさせた。

 竜崎は何故か小さく震えた。



 『責任取れよ」』



 昨晩自分を卑しめた獣の声が月のそれと重なって聞こえる。
 顔を背ける。顎をしゃくられる。無理に引き戻される視線。目を閉じる。しかし。

 「んうっ…!」

 ようやく切っ先が離れたとそう思った瞬間、再び足元から月の体が這い上がってきた。
 月の指がそこに触れた。冷たい。冷たい細い白い彫刻のような指。それが、蛇のように蠢き、

 「ううぅ」

 花芽にうずもれようとする。

 犯される。卑しめられる。そして自分は…見下されるのだ。この男に。こんな男にまで。

 狂乱した竜崎は足をばたつかせた。足首に辛くもしがみついていたジーパンは今は傍らに落ちている。故に足は自由になったのだけれど、つまり竜崎は一糸纏わぬ姿になっている。そのかかとが何度か月の背を打ったその時、

 「うぅーーーー!」

 月の指が竜崎を犯す。

 動きを止め体を強張らせて目を見開く竜崎を月は可笑しそうに眺める。竜崎を揺さぶっているのは恐怖でも苦痛でもない。恐らくは屈辱。
 同族の堕ちていく様をいい気分で眺めながら月は更に深く指を埋めた。男を相手にするのは初めてだったから要領は得ないが仕方ない。
 指を曲げる。


 こぷ。

 とろり。


 「…彼氏の?」

 本来そこから分泌されるわけのないぬるりとしたもの。

 「酷いんだね彼氏…処理も満足にさせてくれないんだ」

 つまりこの世間知らずの探偵は恋人にさえ蔑まれるような、そんな男なのだ。
 月はそう思い当たった。
 では、自分がこの男を踏みにじるのに何の遠慮も要らない。こいつは…「そういう」男なのだから。

 月の眼がためらいを失くした本能の光を宿す。

 「でも、」

 と月は圧し殺したような声で、

 「僕が慣らすまでもないってことか」

 死刑宣告のように呟くと、指を引き抜いて竜崎を、今度こそ本当にただの獣の目で見、その切っ先を、

 「う、ううううぅーーーーーーーーー!!」

 暴れる竜崎を押さえつけ、月は腰を沈めた。月の知らない誰かに馴らされた竜崎のそこは拍子抜けするぐらいにしなやかに切っ先を受け止めた。なかなか具合が好いじゃないかと月は思う。

 キラと疑われだしてからは下手に動けなかったから、こちらの方もいつものようにとはいかなかった。

 (見かけの割にいい体をしている)

 下種なことを考える月の容貌はやはり彫刻のように整っていて、凄惨なほど美しい。
 さら、と月の髪が揺れる。
 抗う余裕を失くした足を持ち上げ、月は竜崎の上に屈みこむように影を落とした。竜崎の背中がホテルの毛羽立った絨毯に強く圧しつけられる。

 「う、ううぅ」

 深く深く穿たれた切っ先を、竜崎は無意識に締めあげる。
 悲鳴が聞きたくて月は片手で猿ぐつわを解いてやる。穿たれた杭からはもう逃れられまい。
 無残な姿になった竜崎のシャツは主の唾液で濡れそぼって糸を引いた。血が滲んでいる。自ら噛み切った傷口からだ。
 青白い肌をして相変わらず酷い隈のくせに、切った唇が鮮烈なほど紅い。普段は決してしないような乱暴な動きで月はめちゃめちゃに竜崎を突き上げた。先ほどとは明らかに違う熱をもった眼で竜崎が睨む。月の腹にあたっている竜崎の半身。

 (こいつ、この状況で感じてるのか)

 「もしかして竜崎って」

 荒い呼吸を隠しながら月が突き上げる。



 ぐちゅ。



 昨晩も聞いた同じ音。
 竜崎はその音に身震いをし、目を見開いて、そうして昨晩も、その前も、今ここにはいない主人に教えられたままに月の動きに応えはじめる。
 こうすれば、悲しい時間は早く終わった。こうすれば。応えてさえいれば。感じてさえいれば。こうして。
 脳髄に沁みこんだ声が今鼓膜を震わせる声と重なって聞こえる。



 『淫乱』



 我を失くした竜崎に向かって、月はそう、己の優位を主張した。

 こいつは淫乱なのだ。
 まともな男がこの状況で感じるはずがない。
 月はまた乱暴に突き上げた。

 「アアアッ…はあ、アッ!」

 竜崎は悲鳴のように喘いだ。己の半身をヒクつかせ竜崎は月をしっかりと銜え込んで離さない。
 月は満足する。この哀れな青年は今、自分と同じ高みから奈落の底へ堕ちていく。

 もう容赦はしなかった。

 月は己に出来うる限りの激しい律動で竜崎を攻めたてた。竜崎の背が絨毯に擦れる音がする。痛いだろうが、かまうものか。

 「あ、ああっ…!ヒィっ……」

 竜崎の喉を震わすのは喘ぎばかりで罵声や批難は見あたらない。もはや竜崎に抵抗する意思のないことを認めた月はようやく腕の戒めも解いてやる。
 煙草の火傷、月に殴られた痣、縛られた痕。奈落へ堕ちていく気高い生きもの。壊れたように揺れながら竜崎は執拗に腰を擦りつける。まるで女がそうするように。

 「は…ああッ…!」

 何度も反り返る白い喉に唇を這わせ吸いながら、月は竜崎の豹変ぶりに愉快になる。
 竜崎の胸元で再びほころんでいる二つの蕾を抽出のあいまに唇で指先でついばめば、月をいっそう締めつける竜崎の肉。既に悲鳴をあげているそこをためらいなく穿つ。一個の本能のみとなって快楽を求める愉悦。

 躊躇など必要ない、何故ならこの男は、

 「彼氏じゃなくても大丈夫なんだ。竜崎ってまるで犬だね」

 びくりと正気を取り戻しかける竜崎に、我が意得たりとばかりに月は追い討ちをかける。

 「実は人間じゃなかったんだ?人間がこんなコトされて喜ぶわけないもんなあ」

 お前は人間じゃないよ竜崎。

 お前は犬だ。

 今回のことでわかっただろう?

 するするとこぼれる劇薬の言葉。

 見開かれた目。虹彩までオニキスのような黒目。それを縁取る象牙。

 噛み切り紅くなった唇。

 青白い肌。

 悪くはない。

 月はそう思っている。

 なかなか可愛いじゃないか、竜崎。

 「はは」

 月が笑うのを竜崎は聞いたが踏みにじられた自尊心はもう燃え上がらなかった。

 私は人間ではないのだろうか。

 昨日も確か、あの人が、そう。

 私は、やはり人間ではないと。

 私は、私は、

 ――――――――昨晩Lが、そう言ったように、



『おまえはただの玩具なんだよ』






『おまえは…人間じゃないんだ』






再び重なる二つの声を聞きながら、竜崎は月に汚された。

 

 


















 

 

 

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