白百合















 かちゃり、と、その音が、沈黙に包まれていた部屋の皮膜を破った。
 竜崎はベッドに身を沈めたまま、ぼんやりと扉の方を眺めた。やけにはっきりと覚醒しているのに、まぶたは閉じようとしている。
 先ほど無理をして飲んだ薬が効いてきたのだろう。おぼつかない意識のまま、入ってきた二人の男を眺める。

 「お兄さん…」

 月君、と続けようとしたがどうにも眠くて、竜崎の唇は色素の薄い茶色の髪の名を取りこぼした。

 「熱を出したんだって?」

 兄がそう言いながらベッドの側から自分を覗き込んだ。熱に潤んだ真っ黒な目で見つめ返しながら、竜崎は小さくうなずいた。

 「もう大丈夫ですから」

 額に伸ばされる大きな手を拒みながら、竜崎はそっぽを向く。
 夢と現にさ迷いながらも――――――怖い。

 「昨日僕らがあんなことをしたから?」

 名を呼ばれなかった見目良い青年が、いかにも気の毒そうにそう言う。
 竜崎の肩がびくりと震えた。

 昨晩、竜崎はこの二人に玩ばれながら長い夜を過ごした。
 声が嗄れるほど叫ばされた後、意識を手放して、気がつけば窓からは陽の光が漏れていて。起き上がろうとしたけれど、酷使した体は思うように動かなかった。這いずるようにこの部屋に戻り、熱を測ると、高熱を出していた。
 だから、無理をして嫌いな苦い薬を飲んだのだ。

 「ふぅん、ちょっとやりすぎたのかな」

 月の言葉を肯定しながらLがそっと竜崎の頭に触れる。
 まるで雨音に怯える子犬にそうするように、優しく。
 熱で弱りきった竜崎の胸に、切ないほど甘い血が流れ込んだ。

 「大丈夫、ですから。本当に」

 重たい腕をようやく動かし、そっと兄の手に触れ、竜崎は再び兄を見る。
 兄はいつものように口元だけを歪めて笑っている。頭から滑り落ちて自分の頬を優しく包む手のひらに、この兄が、しんから自分を気遣っているように思えて、竜崎の目に光が宿った。

 「ご心配かけて…んう」

 すみません、という竜崎の言の葉は、熱で乾ききった唇から発せられることなく、不意に覆いかぶさってきたLの唇に、吸い込まれた。

 ぺろり。

 唇がLの唾液で潤される。

 「お兄、さん」

 「ああ、唇がひび割れてるじゃないか…」

 言いながら、Lはベッドに腰かける。

 「月君も来てごらん、ほら」

 呼ばれた月が歩み寄り、Lと反対側に腰かけて竜崎を覗き込んだ。威圧的なその光景に怯えたが、だからといって寝床から抜け出す体力は残されていない。

 「止めてください」

 咄嗟に口をついて出るのは二人の前では一切無効である空しい意思表示。

 「怖がることないだろ、せっかく竜崎の為に花を買ってきたのに」

 苦笑しながら月は大きな白百合の花束を竜崎の目の前に突き出した。
 きつい香りが鼻先をかすめて、竜崎の頭は少しだけ覚醒する。

 「ん…やっぱりよく似合いそうだ」

 満足そうにLが言った。

 「おまえの立場じゃ迂闊に医者は呼べないだろう。可哀想に。ワタリは?」

 「…いま、せん、昨日から…知っているでしょう」

 答えながら、似合いそうとは、と竜崎は考える。
 花の似合う男などそういないだろうし自分がそうだとは思えない。
 馬鹿にしているのだろうか。

 馬鹿馬鹿しい。

 全ての言動に対して分析をするように慣らされた自分の脳の方が馬鹿馬鹿しい。
 どんなに分析しても意味のないことなどこの世にはごまんと存在するのに。
 疲弊した竜崎は半ば自棄になっている。

 意味のないことだ。
 分析して、そうしてたとえ何かがわかったからとて、それがどうしたというのだ。
 
 兄が笑っている。

 思考がぼんやりと定まらない。
 ちりちりと苛立つ脳の奥。

 恨めしい。

 この二人が恨めしい。

 今更気遣ってもらったところでどうしろというのか。

 竜崎の自尊心がわずかに頭をもたげようとするのに呼応してか、不穏な空気が部屋の底によどむ。

 「熱を測ってあげようか」

 不意にLがそう言って、ベッドの足元に移動した。無造作に竜崎の毛布を剥ぎ取る。

 「あの…!」

 反応はすれど体が動かない竜崎を無視して、Lは下着ごと竜崎のジーパンを引きずり下ろした。

 「ん…結構熱い」

 竜崎のひどく骨ばった足首からすね、そして膝の辺りを指でなぞり、少し遊んだあと、その大きな手は内腿へと滑り込む。

 するり。

 指先が目指す処を嫌が応にも察した竜崎は足をばたつかせようとしたが、体はやはり、思うように動かなかった。

ぐち。

 「ヒッ…」

 「ああ、やっぱりかなり熱いな」

 可哀想に、と心にもないことを呟きながら、Lは指で竜崎を犯し続ける。
 足のあいだで蠢く兄から逃れることも、目を逸らすことも出来ないでいると、

 「竜崎、恥ずかしいなら僕を見てなよ」

 亜麻色の髪の青年に、顎をしゃくられる。

 「気が紛れるだろ、僕と話をしていたらさ」

 にこりと笑う。
 兄のように。

 「い、やぁッ!」

 Lが指を曲げたので、竜崎は掠れた悲鳴をあげる。

 こぷ。

 昨晩の、二人の名残が。

 「ほら、恥ずかしいんでしょ?だったら僕を見とかなきゃ」

 覗き込む、氷のようにはりつめた気高い容貌と、決して気遣いではない言葉に惨めさは増し、竜崎は顔を背けようとするが、

 「ひっ…ク……」

 「ああ、泣かないでよ…ほら」

 亜麻色の髪が揺れ、形のよい唇がまつげにそうっと触れる。
 しかし同時にその上体は、腰かけたまま、竜崎の上半身を覆うようにしてより深くベッドに沈める。
 たくし上げられるシャツ。
 未だひりひりと痛む傷。
 そこに紛れる小さな蕾をついばむ唇。

 「はっ…」

 なだめるように柔らかな愛撫を与えながら、月は時折獣欲めいた息を吐く。

 いっこうに止まないLの指。
 蛇のように蠢く指が増やされる。

 ぐい、と拡げられて、竜崎は苦痛に見開いた大きな目を間近で月に覗き込まれる。
 羞恥に耐え切れず目を閉じれば、辛うじて下まぶたに受け止められていた水溜りは次々と目じりから溢れる。

 「指じゃわかりにくいな」

 Lがそう呟いて、指を引き抜いた。
 月の影に視界を塞がれた竜崎の耳に、ベルトのバックルをはずし、ジッパーを下ろす音が聞こえる。
 ひい、と竜崎の喉が鳴った。

 「いやだ、やめてください、やめてください、やめ…」

 ぎし。

 ベッドの足元が、ぐ、と下がり、傾くのを感じたその次の瞬間、

 「ヒィッ…!」

 足を開かせ、折れるほど高く腰を持ち上げると、Lはそのまま体重をかけた。弱弱しく抵抗していた竜崎の花芽は抗い切れずにその刀身を鍔まで受け入れさせられる。

 「ああ、熱いね」

 淡々と言い放つ声とは裏腹に、下腹をぐいぐいと押し上げるものは猛り狂っている。無理な侵入に悲鳴をあげようとすれば月の唇がそれを許さない。

 「かなり熱いよ、可哀想に」

 心にもないことを。

 鼻腔のみでの呼吸を余儀なくされた竜崎は、強い百合の香にむせ返りそうになる。
 Lがそのまま、自分の好いように腰を使いだした。月が唇を離さない。噛みつけばどうなるかわかっている。

 苦しい。

 注ぎ込まれる月の唾液が唇を、喉を、鎖骨のあたりまで伝っていくのがわかる。
 激しいキスになど慣れているのだろう、月に苦しげな様子は見えない。
 突き入れられる切っ先を拒んで懸命に収縮する肉が、余計にLの軍刀をたぎらせているのがわかっているのに、竜崎にはなす術がない。

 鉛のようになった体が、思うように動かない。熱が、上がったような気がする。

 「…くぅッ」

 Lの体が弓なりに反った。
 ようやく唇が開放される。唾液に汚れた首筋が、く、とすじばって、竜崎は顔を背ける。
 荒い息と、紅潮した頬と、長いキスで艶ののった唇。

 ずる。

 汚された花芽からLの切っ先が引き抜かれた。
 その衝撃に小さな悲鳴をあげる竜崎の、その半身は、うっすらと充血し始めている。

 「月君」

 Lが月を呼んだ。
 愉しそうにLの手招きに応える月。竜崎は動かない。否、動けない。
 痛む傷、荒い息、熱い、疲弊しきった体。それをかばう間もなく、竜崎は再び、Lによって犯されたその傷口を曝された。
 月はそこを覗き込みながら、手にしていた花束のリボンや色紙を取り去り、花だけを竜崎の傍らに添わせる。
 この花を、葬式ごっこよろしく、自分の体に散らすというのだろうか。

 「ふふ…よく似合うだろうね」

 耳慣れた低い声は、いつのまにか先ほど月が居た場所から漏れ聞こえる。花だけで覆われた自分の体を想像して、竜崎は死にたくなる。
 重い腕でせめて肩を抱こうとするが、その手は肩まで辿り着くことが出来ず、失速してぱたりと胸の上に落ちた。

「本当は薔薇にしようと思ったんだけどね、まだ死なれると困る」

 その彫刻のような指で竜崎の花芽を拡げながら、月が花束を握った。
 無礼な拡張にもかかわらず、拡げられた足を自分で閉じることも出来ない竜崎を見やると、月は

 「や、止めてください!!」

 あまりのことに覚醒し、力のこもる竜崎の体をLが押さえつける。折れるかと思うほど強く手首を掴まれ、竜崎は痛みに顔をしかめた。
 力づくでベッドに磔られた竜崎の、その真っ黒な目が、大きく見開かれる。

 「いやッ…!」

 月は、束ねられた百合の茎を竜崎の花芽に押しつけた。
 強い百合の香りが、足元からせり上がってくる。

 むせ返るほどに、強い、百合の、香りが。

 「ヒイィッ…!!」

 清らかな白百合の茎が竜崎を犯していく。
 折れぬように注意を払いながら月は、仰向けのまま動くことも出来ずに、腰だけを痙攣させる竜崎の様子を愉しげに眺めた。

 「ああ、綺麗だよ、竜崎」
 
 生きた花瓶と化した竜崎に咲く百合の花。
 その清楚な花びらからのぞくめしべは、糸を引くほどに粘液を分泌しながら、無数の花粉にまみれることを夢見て、ぬらぬらと濡れそぼっている。

 ひくひくと異物を拒んで震える肉。

 分離する心と体。

 血液の集まっていく己の半身を意識しながら、竜崎は未だ定まらない意識の中にいる。

 はあ、と熱い息を吐いたのはLだった。
 子どものようにしゃくりあげる竜崎の頬に押しつけられるLの切っ先は、目の前の痴態に雄雄しく研ぎすまされている。Lは竜崎の顔の前に自分の股間がくるように胸をまたがり、膝で立った。
 はやる体を抑え、弱弱しくもがく竜崎の頭から背にかけて、手繰り寄せて高くした毛布で支えると、乱暴に髪をわしづかみ、口腔に先ほどから露出したままの赤黒い切っ先を突き入れる。
 力を込めた指先から無言のうちに、逆らうことは許さないという警告を注ぎながら。
 ぎり、と頭皮に爪が食い込んで、それなのに悲鳴さえあげられぬ竜崎の花芽から、月が花束を引き抜いた。

 ばさり。

 乱れたふしどに散乱する白百合の花。

 再び、足元が傾いた。月の切っ先もまた、収まる処を求めて竜崎の中に頭をうずめ始める。膝の上に腰を乗せられるような体制で、竜崎は月に串刺しにされる。突き上げられた衝撃で口腔からLの切っ先が抜けかけると、Lは苛立ったようにより深く喉を犯した。

 「ホントだ、熱い…。可哀想に」

 月が可笑しそうにそう言った。
 Lが竜崎の頭を抱え込みながら低くうなる。
 苦しげにシーツを掴もうとした竜崎の手が、散乱した百合の花をくしゃりと掴んだ。
 握り潰された花は、より強く香りを放つ。

 めしべから滴る粘液。

 こぼれた無数の花粉。

 密室に充満する香り。

 白いままで手折られた花。

 引き裂かれる心と体。

 「は…ああぁあ」

 月は歓喜の声をあげ、Lは無言のままで。
 無数の滴に汚されながら、竜崎は自らの腹に吐精した。

 ああ。

 半ば意識を手放したまま、竜崎はぼんやりと思う。

 この瞬間だけ、恐怖も苦痛も悲しみも、ほんの少し和らぐ。そうとわかったところで、どうすることも出来ないけれど。

 ぐったりと熱を帯びた体をベッドに沈め、呆けたように口を開き、涎を垂らしたまま、竜崎は終に、叫ぶことも、抗うことも、諦めた。

 涙だけがとめどなく伝う竜崎の頬に、今度は月が切っ先を突きつけ、笑う。

 「はは」

 狂乱する二匹の獣は未だ飽くことを知らず、自ら物と化した体のその上で再び蠢きはじめた。


 無残に踏みしだかれた白い百合の花は、底知れない闇の中でかすかに震えながら、なお強く、清らかに香っている。


















 

                  あとがき

 

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