リダイヤル
いやらしい子だな、と呆れたようにひと言Lが呟いた。
彼の目の前、スイートルームのベッドの脇に震えて立つ竜崎の纏う痣が、記憶よりも増えている。
それはいやらしいというよりはもはや凄絶な光景で、しかしLはとても興味深そうに視線を注ぐ。
「キラ、か?」
「………」
ホテル部屋のドアを背に逃げ道を断ちながら、Lは裸にむかれた竜崎の体中を視線で舐めまわした。
背中に血が滲んでいる。固まりきらず、黄色くぐずぐずとした傷。さしずめ布に擦れすぎたのだろう。
手首に擦り切れたような痕。
「せっかく心配して私が直々に日本に来てやったのに、これではな・・・」
Lは大げさにため息をついて見せる。竜崎は期待通りに身じろいだ。義兄に失望されるのが怖いのだ。私がこちらに来てからも毎夜あれほど傷つけられているというのに殊勝なことだ、と、Lは思った。
少し腹が立つ。
もう少し、追いつめてみようか。
「キラを目の前にして捕まえることもできないで、その上キラに」
「止めてください」
竜崎が悲鳴のように叫んだ。
Lはその一種健気な姿にいいようのない苛立ちを覚える。
「誘ったの?いけない子だ」
「そんなこと、私はしません」
「誘ったんだろ?淫乱な奴だな」
違います、と怒ったような声で否定する義弟。
そんなことはわかっている。
おまえは淫乱でもなんでもない。たまたま蟻地獄に落ちて羽をもがれた哀れな虫だ。
ごくまともなしんの強い子だ。でなければこの私にここまで手を煩わせることがあるか。
「捜査のために誘ったのなら誉めてあげよう」
「違、」
「ならどうしてそんなことになったの?言ってごらん」
「・・・」
竜崎は黙り込んだ。恐怖に打ち震えながらも義兄の身勝手な尋問に反論すべく口を開こうとする。
その強かさが、健気さが、却ってLの嗜虐心を煽る。
「何をされたのか言ってごらん、それで許してあげよう」
「何故、」
口をついて出る言葉。
「何故あなたに許されなければならないのですか。あなたは私に全てを任せたはずです。そう、約束したはずです。口は出さないと。たまたま私がこのようなめに遭ったからといって、あなたにそれを詫びる道理はどこにもありません」
Lは正論だと思った。しかし正論ほど歪んだ獣の神経を刺激するものはない。
「言えないのだね」
Lは手のひらを組み、関節をぽき、と鳴らした。竜崎はびくりと肩を震わせる。竜崎の眼が自分の手元に結わえられているのを確認すると、Lはおもむろに鏡台に手をのばし、そこに放置されていた竜崎の携帯を取り上げる。
「ふん、夜神月か」
大きく眼を見開いた竜崎にLは続ける。
「私も戯れに彼のことを調べてみたんだよ。苦戦しているようだし、おまえに協力してやろうと思ってね。でも、そんな暴言を吐くようじゃあね・・・」
ほとんど反射のように竜崎の髪がざわ、と逆立った、ように見えた。
ぱちり。
二つ折りになった携帯を開く骨ばった冷たい指。
「止めてください、Lッ、何を・・・・!」
すがる竜崎を造作もなく床に仰向けに引き倒す。竜崎の体を膝で押さえ、体重をかけると、胸を潰された竜崎の喉が、ぐう、と鳴った。揺れる前髪の奥から獲物を眼光で射殺し、Lは改めて竜崎の携帯のリダイヤルボタンを押す。
「ああ、夜神月君かい、はじめまして。私はLの影武者として雇われている者なんだが、これから会わないか?そう・・・『竜崎』のことで話があるんだ」
警戒する夜神月を巧みに懐柔する兄の話術を聞きながら、竜崎は歪んだもの同士に生じつつある本能的な交流を感じていた。
まもなくドアがノックされた。
獣が獣を迎え入れようと立ち上がる。
竜崎はなす術もなく、ただ床に背を丸めてうずくまり、二匹の獣から己が身を守ろうとした。
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