死びとの夜をまもる











 
 寝息もたてずに、おまえは今、眠っている。
 私はおまえの白い顔を、瞬きもせずにじっと眺めている。
 おまえは死んだ。そう、あの美しい死神の手で、おまえのその繊細な心臓は握りつぶされてしまった。

 しかし私は悲しまない。

 私はおまえを蘇生させる方法を知っているよ。
 確かにおまえは一度死んでしまったけれど、もうじきおまえは蘇る。
 なぜなら私がすんでのところで仕掛けをしたから。
 おまえはきっと知らないのだろうね。私がこれほどまでにおまえを欲していることなど。

 今回の捜査で、おまえはこれ以上何もできないほどに他人を気遣っていた。私と同じようにプライドは際限なく高いから、そんなそぶりはおくびにも出さなかったけれど。

 私はちゃんと知っている。
 おまえは初めて捜査本部から犠牲者を出したそのときから、キラという理不尽極まりない得体の知れぬ者からおまえの信頼する者たちを守るために、あらゆる手を尽くしていた。にもかかわらずあの馬鹿どもは、おまえの言葉の部分部分をのみいちいちとらえては、おまえを批難し、おまえを困らせ続けた。
 可哀想におまえはじっと耐えていた。まるで私の気まぐれをやり過ごすときのように、少し困ったように眼を伏せて。

 おまえは優しい。その優しさを誇示できないほどに優しくて哀しい。だから私はおまえが愛しい。そしてほんの少し、羨ましい。

 私はおまえのような柔らかさは微塵も持たない。私は真性の雄だ。己の生まれ持った熱にうなされながら、過剰な武器で愛するものを傷つけながら、枯らすまで血液を吐き続ける哀れな雄だ。おまえは違う。おまえは確かに生物学的に雄だが、多かれ少なかれ大抵の人間がそうであるように、いくらかの異性らしさを備えている。おまえはしなやかで優しい。そう、まるで母のように。

 私はちゃんと知っているよ。
 何の確たる証拠もないけれど、おまえと私とが母を同じくする真に血の繋がった兄弟であるかもしれないということを。だっておまえは、私の母にとてもよく似ているもの。その髪も、白い膚も、そして真っ黒な夜のような眼も。
 おまえは母と同じように、降りかかる気まぐれな嵐を優しく受け止めるのだ。例えおまえ自身が自覚していないとしても。おまえとて猛々しい男だから、全く母のようにとはいかないけれど。

 私はおまえが愛しい。

 私の数々の気まぐれとは明らかに矛盾しているけれど、私以外の者におまえが触れると、虫唾が走るようだった。私は、幼いおまえが好奇心にひかれてそっと触れた庭木の花にさえ、嫉妬した。小さなおまえがワタリになついて、そのあとを追うのを見るたびに、私がいったいどんな気持ちでいたか、おまえはこれから先も、永遠に知らないのだろう。

 私はおまえを私だけのものにしたかった。人の世のどこかにおまえの名を知る者のあることなど許せなかった。おまえの名は私しか呼んではならない。おまえの希望は私が与える。おまえの絶望は私が与える。おまえの血もおまえの肉も、私の手招きにだけ応え、私の拒絶にだけ煩悶する。私はずっとそんなふざけた夢を見ていたよ。おまえが笑うあいだも、泣くあいだも。

 本当のことを言うとね、私はもう、あの死神のことなどどうでもよかったのだ。けれどもおまえを殺めようとするのは許せなかった。

 私は、何度胸の中であの美しい死神に対して呪詛を吐いたか知れない。おまえを殺める、それはこの私の最期の仕事だ。あの美しい死神の趣味のような仕事ではない。あの男のごとき者に、おまえが殺められるのを見てはいられなかった。だから、あの死神がとうとうおまえを殺そうとしたとき、私は意を決した。私はおまえに毒を仕込んだのだ。おまえの紅茶に仮死の毒を。おまえにひと時の死を与えんがために。
 私によく似たあの死神が、おまえに何をするかは手をとるようにわかったから。だから私はこの手で一度、おまえを殺さねばならなかった。

 私といえども、薬を落とすときには手が震えた。毒が少しでも多ければおまえは死ぬからね。
 情けない話だ。おまえを失いたくないがために、おまえの恐れる暴君の手は瘧にかかったように無様に震えたのだよ。

 そしておまえは実に折よく倒れた。私の計算どおりに、あの死神は勝利を確信した。あの死神はいかにも親友らしくおまえを抱きかかえながら、冷たく笑いでもしたんだろうな。私はその足で死神の父と病院へ行き、Lの身代わりとして話をつけて、おまえを抱いてここまできた。

 おまえは死んだのだ。以前のおまえなら、救いようのない世間知らずのくせに、それでもわずかながら社会というものとは繋がっていただろう。
 おまえは今、社会という煩わしいものの外へとはじき出されてしまったのだ。おまえはもうどこにも‘いない’人間なんだよ。

 おまえがすがることができるのは、本当に私ひとりになった。私だけがおまえの生存を知っている。私だけが、おまえにとって唯一の人間となるのだ。ほら、今となっては私だけが、こうして寝床に横たわるおまえを抱きしめることができる。

 もうじきおまえは薬から醒める。それまで私は、おまえをこうして抱いていてやろう。
 おまえの唇は未だ冷たい。おまえの中も未だ冷たい。けれどもじきにおまえは目醒めるよ。ほら、ゆっくりとおまえの心臓が動き出した。さっきまで一時間ごとに一度だった脈が、もう一分ごとに一度、打つようになっている。
 私の可愛い半身。私の熱で、第二の人生に目覚めるといい。
 それまで私は、屍姦の真似事でも楽しんでいよう。

 ‘L’は死んだ。
 そう、二人とも。
 私はもうこれから先、Lとして動く気はない。あの死神が何をしようと知ったことではない。私の前におまえさえいればいい。ましてやおまえのいない世界になど、はなから興味はない。

 一度死ぬ前のおまえはとうとう一度も信じてはくれなかったけど、これから黄泉返るおまえにも私は飽きずに呟くだろう。



 愛しているよ。

 こんなにも、おまえのことだけを。













 

                    

             

 

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